朝ドラ「おむすび」考察 ― 脚本の一貫性と描かれない家族の謎

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聖人の妹が描かれない謎 ― 設定は存在するも物語から消えた姉妹

NHK連続テレビ小説「おむすび」の視聴者の間で、不可解な謎として浮上しているのが、主人公・結の父親である聖人(北村有起哉)の妹の存在についてです。ドラマの初期、聖人の子供時代の回想シーンで登場した二人の妹たちは、その後、物語の中でほとんど触れられることなく、まるで存在しなかったかのように描写されています。

特に物議を醸しているのは、最近放送された第119回の展開です。愛子(麻生久美子)が聖人と共に糸島への移住を決断する重要な場面で、聖人の妹たちの存在や意見がまったく考慮されていないのです。愛子は佳代(宮崎美子)が一人暮らしをしていることを心配し、佳代との同居を望みますが、本来なら佳代の実の娘である聖人の妹たちも、母親を心配するのが自然ではないでしょうか。

「全く言及されない佳代の娘2人…」「聖人の妹たちは東京在住なのでおばあちゃんの面倒は見れません」など、視聴者からは様々な憶測や疑問の声が上がっています。さらに、「永吉さんのお葬式に聖人の妹らしき二人の女性が佳代さんの横に座ってました」という指摘もあり、設定としては存在しているものの、その後の物語展開で「忘れられた」のではないかと疑問視する声も少なくありません。

脚本家・根本ノンジの「家族とは何なのか」というテーマを掘り下げたいという意図は制作統括からも語られていますが、その一方で血縁関係にある重要な登場人物が省略されるという矛盾が生じています。永吉(松平健)の葬儀に参列した際の妹たちの描写が最後となり、その後の家族の大きな転機となる糸島移住の場面でも言及されないという展開は、視聴者の疑問を深めるものとなっています。

「このドラマ、その時その時でしか演出を考えていない適当さだからね」「忘れては無いと思います」「妹二人は遠くに行っている設定としても、母との同居にあたり台詞にも妹が出てこないのは不自然です」など、様々な意見が視聴者から寄せられています。

連続テレビ小説は、家族のサイドストーリーも含めた厚みのある物語が魅力の一つです。しかし「おむすび」では、聖人の妹たちのエピソードが深掘りされることなく、家族の重要な決断の場面でも排除されていることに対し、視聴者からは物語の一貫性を疑問視する声が上がっています。脚本の整合性や伏線回収の観点からも、最終回に向けた残りの放送回で、この謎が解消されるのか注目が集まっています。

糸島移住をめぐる家族の選択 ― 感動の裏に隠された現実的な問題

NHK連続テレビ小説「おむすび」第119回で描かれた愛子(麻生久美子)の糸島移住宣言は、ドラマ内では家族を感動させる重要な場面として演出されました。しかし、視聴者の間では、その移住決断の唐突さや現実性について様々な疑問の声が上がっています。

愛子は家族を集め、「私は佳代さんと聖人さんと私の三人であの場所で暮らしたい。糸島は私の故郷。糸島は私の母親がいる」と語り、聖人(北村有起哉)も「わかった。行こう」と即答しました。制作統括の真鍋斎氏は「愛子は『どこで暮らすか』よりも『誰と暮らすか』を中心に考えて、人間同士の絆を大事にしてきた人」と説明していますが、この展開には現実的な問題が多く含まれています。

まず、聖人はがんサバイバーとして描かれてきました。「病院から離れた糸島に行くのはどうなんだ。結さんも病院勤務なら、聖人さんの体は心配しないんだ」との指摘もあります。また、聖人は神戸で床屋を営み、地域貢献にも力を入れていた設定でした。「なぜ床屋を閉めさせようとしてるの?自分勝手なわがままでオヤジの職や生活を奪うのって、家出した時に手籠にされことへのリベンジにしかみえない」という厳しい意見も出ています。

家族構成の問題も見過ごせません。長男・翔也の今後の仕事や住居についても具体的な言及はなく、「神戸にこだわるより故郷に帰るのが、皆の幸せかと」という単純な図式で描かれています。「実社会ではなかなかいない殊勝な奥さんの設定」「家族のサイドストリーも描くからいいのであって、今回はそれも失敗している」と、現実味のなさを指摘する声も少なくありません。

さらに、財産相続の問題も浮上しています。「永吉が無くなってから既に数年経ってるので遺産相続は済んでるのかな?聖人が放棄していても妹達が権利を主張すれば財産分与しなければならないし土地農地は妹達の物なら聖人が家に住むと面倒な事になるでは?」といった現実的な疑問も寄せられています。

制作側は、このシーンを「愛子の人生の集大成ともいえる」と位置づけていますが、視聴者からは「愛子の今までの生い立ちバックボーン、人生や家族との深い繋がりや絆などもっと丁寧にこれまでの話の中で描かれていたら、きっと今日の話はすごく感動して泣けたかもしれない」という指摘もあり、感動を強制されているような違和感を覚える人も少なくないようです。

糸島移住という展開自体は、ドラマの終盤にふさわしい大きな転機かもしれません。しかし、その決断に至るまでの過程や、現実的な問題への配慮が足りないという批判は、物語の説得力を弱める結果となっているのではないでしょうか。「神戸か糸島か自由を奪われ二択の選択を迫られたダンナ」という表現に、この展開の違和感が集約されているように思えます。

愛子の実家との絶縁と佳代への思い ― 「娘」と呼ばれて流した涙の真意

NHK連続テレビ小説「おむすび」の中で、結の母・愛子(麻生久美子)の過去と心の傷が、ドラマ終盤になって徐々に明らかになっています。第119回の放送では、愛子が18歳で名古屋から家出して以来、実の両親と絶縁状態にあったことが語られました。そして佳代(宮崎美子)から「大事な大事な娘」と呼ばれた時の愛子の涙ぐむ表情は、多くの視聴者の心に残る場面となりました。

制作統括の真鍋斎は、この場面について「愛子は18歳で家を出て、それ以来、実親とはまったく会うことがなかったことを後悔している。だからこそ”土地”よりも”誰と一緒にいるか”で自分の居場所を考える人」と説明しています。愛子の糸島への移住願望は単なる場所への愛着ではなく、「母親」と呼べる佳代との絆を大切にしたいという思いが根底にあるというのです。

しかし視聴者からは、この設定に対する疑問の声も上がっています。「愛子の今までの生い立ちバックボーン、人生や家族との深い繋がりや絆などもっと丁寧にこれまでの話の中で描かれていたら、きっと今日の話はすごく感動して泣けたかもしれない」という指摘に表れているように、愛子の過去や心の傷についての描写が不十分だったという批判もあります。

また、「愛子は親と絶縁したけど、愛子に兄弟がいるかどうかは本編中では言及されておらず、親と絶縁したというかなりシビアな設定なのに、米田家での愛子は、その『影』の部分をほとんど感じさせない人物設定や演出だった」との意見もあります。実際、愛子がどのような家庭環境で育ち、なぜ絶縁に至ったのかという重要な背景が十分に描かれていないことは、物語の深みを損なっているという指摘は的を射ているかもしれません。

さらに、「義母を『佳代さん』と呼ぶ愛子さん。『娘』って言われて涙ぐむ愛子さん。って、そんな疎遠な関係だったんだ。同居していた時は仲が悪かったんだ」という違和感を表明する声もあります。日本の伝統的な家族観からすれば、義母を名前で呼び続けることの違和感を指摘する声も少なくありません。「家族を大切にしたいって言うなら、義母のことをいつまでも名前で呼ぶのは抵抗あるなあ。孫が生まれるまでは『お母さん』、孫が生まれたら『おばあちゃん』が一番しっくりくる。いつまでも他人行儀で名前で呼んでたら家族ちゃうねん、日本では」という意見に代表されるように、愛子と佳代の関係性の描き方に違和感を覚える視聴者も多いようです。

実家との絶縁という重いテーマを抱えながらも、その「影」の部分があまり描かれないまま、唐突に佳代への思いが強調される展開に、物語の一貫性を疑問視する声が上がるのも無理はないでしょう。麻生久美子の熱演により感動的な場面として演出されていますが、「浅ドラ脚本に音楽で、ここぞとばかり感動しろみたいなトンチンカン演出されても、逆にドン引き」という辛辣な意見にも、一定の共感が集まっているようです。

制作統括の宇佐川隆史は「麻生さんご自身が台本を読まれて、愛子の思いを感じたからこそ」と語り、麻生の演技を「パーフェクト」と絶賛していますが、脚本の設定や伏線の積み重ねがもう少し丁寧であれば、この感動シーンはより多くの視聴者の心に響いたのではないでしょうか。

脚本の一貫性を問う視聴者の声 ― 伏線回収されない「おむすび」の課題

NHK連続テレビ小説「おむすび」は放送終了までわずかとなりましたが、視聴者からは脚本の一貫性について疑問の声が多く寄せられています。特に、ドラマ内で提示された設定や伏線が十分に回収されないまま進行していくことへの不満は、SNSやネット上のコメントで頻繁に見られます。

最も顕著な例は、前述した聖人の妹の存在でしょう。「この脚本家、前の事を無かった事にするのこれで何回目だ?」という指摘に表れているように、ドラマ内で一度設定されたことが後に無視されるケースが複数見られます。視聴者からは「デカいのは翔也、高校時代に結に弁当作ってもらってたら野球部の監督が『栄養管理は栄養士の資格を持つ妻としっかりやっているから弁当の差し入れは止めてくれ』と怒鳴り込んで来たくらいだからスポーツ選手にとって食事の大切さは重々承知のはずなのに、社会人野球部でメンディー先輩から暴食を注意されて初めて知ったみたいな顔してた」といった具体的な矛盾点も指摘されています。

また、愛子の両親との絶縁という重要な設定についても、「愛子の家族関係や、親と絶縁することになった経緯もはっきり描かれていなくて」「愛子は親と絶縁して愛情を受けられなかった事が重要な要素になっていたので、視聴者にとっては愛子の『家族』に対する想いが伝わりにくかった」と、背景説明の不足を指摘する声が目立ちます。

ドラマの舞台が度々変わることへの違和感も指摘されています。「震災から、裏切り者扱いされながら糸島に行って、また神戸に戻って、また糸島へ。まあ土地を離れて気付くこともあるでしょうけどあまり腑に落ちないわ」という声に代表されるように、登場人物の行動や決断に十分な説得力が感じられないという批判も少なくありません。

さらに、主人公・結の管理栄養士としての設定に関しても疑問の声が上がっています。「結構な頻度でYahooニュースに朝ドラネタ出てくんだけど、なんだかんだ言いながら、みんな結構見てるんやな」というコメントに表れているように、多くの視聴者が見ている一方で、「無意味な管理栄養士の設定やめて欲しかった!」という不満も目立ちます。「200床の病院だそうだが、主人公の受け持ちはこうやってオーダーメイドが食べられたら他の職員の負担が大きそう。現実離れも甚だしいし呆れるわ」という具体的な指摘もあります。

制作統括の真鍋斎は、「愛子のプロポーズ」のシーンについて「我々もとても大事にしていました」と語り、「このドラマがずっと描いてきた他人を放っておけない精神であり、『人と人を結んでいく』ということ」だと説明しています。しかし、「これまで半年間の物語がけさの移住宣言に結びつかず愛子のわがままか思いつき以上には感じられませんでした」という視聴者の反応には、ドラマが伝えようとしたメッセージと実際に伝わったものとの間に大きなギャップがあることが示されています。

脚本家・根本ノンジの意図については、「根本さんの創作の根底には常に『家族とは何なのか』という問いがあり、ドラマの作劇にもそれが現れている」と制作側は説明していますが、「全く今まで1ミリも感じたことがありませんでしたーーー!!!」という辛辣な反応も見られます。

多くの視聴者は、「ストーリーがめちゃめちゃで、何をメインにして伝えたいのかわからない朝ドラでした」「表面だけを薄くなぞって台詞にしてる、それが半年間続いてるからつまらない」と感じているようです。一方で、「米田家の皆さんの成長だったり歴史だったり、靴屋のおじさんの葛藤だったり、終わりが近づくにつれ、そうだったんだなって思いながら見てます」という肯定的な意見も見られます。

いずれにせよ、「おむすび」の脚本における一貫性の問題は、多くの視聴者が感じている課題のようです。ドラマ制作の難しさはあるものの、半年間にわたって視聴者の期待に応え続ける連続テレビ小説において、設定の一貫性や伏線の回収は重要な要素であることを改めて示す事例となったのではないでしょうか。

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