松嶋菜々子が演じる登美子の複雑な母親像
NHK連続テレビ小説『あんぱん』で松嶋菜々子さんが演じる登美子は、主人公らに大きな影響を与える存在として注目を集めています。物語の序盤、幼い息子・嵩(たかし)を柳井寛(竹野内豊)のもとに預け、再婚のため置き去りにする姿は現代の感覚では「毒親」と映るかもしれません。しかし、その複雑な心情は単純に割り切れるものではないのです。
松嶋さんは凛とした美しさと厳しさを兼ね備えながらも、どこか憎めない魅力を登美子に与えています。「もういいわ、好きにしなさい」という別れ際の言葉には、登美子なりの子離れ宣言が込められているようにも感じられます。時代背景や夫を亡くした境遇を考えれば、単なる毒親以上の複雑な心情を抱えていることが伝わってきます。
視聴者からは「美しいヒール」「松嶋菜々子さんだと何故か怒らない」といった声が上がっています。これは松嶋さんの演技力によるものでしょう。彼女は冷酷と愛情のコントラストを見事に表現し、酷いことを言いながらも内に秘めた情があるのではないかと視聴者に想像させるのです。
着物姿の美しさや凛とした佇まいも印象的で、朝ドラの絵柄として新鮮な印象を与えています。登美子は自分の生き方を貫きながらも、嵩への複雑な思いを抱える母親として描かれており、松嶋菜々子さんの演技によってより立体的な人物像が浮かび上がっているのです。

中園ミホが描く『あんぱん』と作家やなせたかしとの深い縁
NHK連続テレビ小説『あんぱん』の脚本を手掛ける中園ミホさんには、やなせたかしさんとの不思議な縁があったのです。中園さんは10歳で父親を亡くした時、母親に買ってもらったやなせさんの詩集『愛する歌』に救われ、小学4年生の時にファンレターを送ったことがきっかけで文通が始まりました。
「当時はまだ代表作がないということを気にされていて、お手紙も愚痴っぽいんです。『またお金にならない仕事を引き受けてしまいました』とか、失礼な話ですが私のイメージはへなちょこ(笑)」と中園さんは当時を振り返ります。やなせさんは音楽会にも何度か中園さんを招待してくださり、「お腹空いていませんか?」「元気ですか?」と優しく声をかけてくれたそうです。
思春期になり自分から文通を終わらせてしまったものの、19歳のときに偶然やなせさんと再会。その後、「私は二度やなせさんに救われているんです」と中園さんは感謝の気持ちを表現しています。そして、近年の世の中の状況を見て「やなせさんが生きていらしたら、この世の中を見てなんておっしゃるだろう」と考えるようになっていたとのこと。
中園さんは「子供の頃、毎日詩を書いていた」とやなせさんの影響を振り返り、「ものを書くことが好きになって、そこから脚本家になったと思うので、本当に私を作ってくださった方だと改めて今思っています」と語っています。朝ドラ『花子とアン』以来2度目の脚本執筆となる中園さんですが、「もうやり切った。一生書かない」と思っていたところ、やなせ夫妻を描けるということで執筆を決意したのです。
アンパンマンのキャラクターが朝ドラに隠れている秘密
連続テレビ小説『あんぱん』には、実は『それいけ!アンパンマン』のキャラクターたちが隠れているという楽しい仕掛けがあります。SNSでは「ヤムおんちゃんはジャムおじさんみたい」「朝田三姉妹がドキンちゃん、ロールパンナ、メロンパンナちゃん」などと視聴者の間で考察が白熱しています。
実は脚本家の中園ミホさんは、「初稿では『この人はロールパンナ』とか、小さい役でも全部、アンパンマンの登場キャラクター、妖精たちに当てはめていました」と明かしています。中園さん自身も「釜次(吉田鋼太郎)、和尚の天宝(斉藤暁)、団子屋の桂(小倉蒼蛙)は、かまめしどん、てんどんまん、カツドンマン」だと自らの”回答”を示し、「朝ドラを書くのは本当に大変なので、こういう楽しみ方をしながら一生懸命に書いています」と語っています。
さらに興味深いのは、やなせさん自身が「ドキンちゃんは自分のお母さんがモデル」とも「暢さんがモデル」とも言っていたこと。中園さんは「つまり、二人は似ていたんだと思います。それから、『バタコさんのモデルが暢さん』ともおっしゃっていたみたいです」と考察しています。女性にはいろんな面があり、ドキンちゃんのように好奇心旺盛でわがままな側面と、バタコさんのように優しく支える側面の両方を暢さんが持っていたのではないかと推測しています。
中園さん自身が一番好きなキャラクターは「ドキンちゃん」だそうで、「欲望に正直で我が道を行く感じが好きです。わたしもそうですが、いつも『お腹すいた』と言っているところに共感します」と語り、執筆中はロールパンナを思い浮かべるだけで涙腺が緩むほど感情移入しているようです。
史実と異なる”幼なじみ設定”に込められた脚本家の想い
連続テレビ小説『あんぱん』では、やなせたかしさんと妻・小松暢さんをモデルにした柳井嵩(北村匠海)と朝田のぶ(今田美桜)が幼なじみとして描かれています。しかし史実では、二人は戦後、大人になってから高知新聞社の同僚として出会っているのです。なぜ中園ミホさんは史実と異なる設定にしたのでしょうか。
中園さんは「二人が結婚した時から始めることも考えたけど、どうしてもやなせさんの幼少期や、二人の青春期を描きたかったんです。そうでないとやなせさんを描いたことにならないからです」と語っています。やなせさんが作詞した『アンパンマンのマーチ』の「なんのために生まれて なにをして生きるのか」というメッセージや、戦争で大切な弟を亡くした経験から生まれた「アンパンマン」の精神を描くためには、幼少期からの物語が必要だったのです。
また、やなせさんから「子供のときどんな子でしたか?」と聞いたところ「気が弱くてあまり男の子っぽい遊びはしなくて、女の子の友達がいた」という答えが返ってきたそうです。その女の子について「ミホちゃんみたいな元気のいい女の子だった」と言われ、もし暢さんが近所に住んでいたら、こういう会話をしたのではないかとオリジナルで作ったと中園さんは明かしています。
「やなせさんは複雑な生い立ちでセンチメンタルな詩もいっぱい残されていて、幼少期はとても寂しかったと思うんです」と中園さんは語り、幼馴染という設定には「元気のいい明るい女の子がそばにいてくれたらいいなという私の願望も入っています」と心情を吐露しています。史実とは異なる設定ながらも、やなせさんの人間性や精神を描きたいという中園さんの強い想いが込められているのです。
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